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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)5080号 判決

原告 清本竹一

被告 国

代理人 上原健嗣 河本正 ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一億〇、二七二万円およびこれに対する昭和五三年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)1  原告は、貸金業を営むものであるが、被告の被用者である防衛庁事務官訴外中村栄作の不法行為により合計一億〇、二七二万円の損害を被つた。その経緯は次のとおりである。

(1) 昭和五一年四月一六日、原告は訴外竹内春男より、同人が航空自衛隊へ納入した冷凍いか二万ケースの代金五、八〇〇万円を債権譲渡の方法により担保に供するので、金四、五〇〇万円を融資してほしい旨の申出を受けた。

(2) 同月二〇日、原告は訴外竹内と共に補給統制処第三部第三整備課において訴外中村と面接し、債権譲渡承認の有無を尋ねたところ、同人は「調達品出荷支払通知書」と題する書面に決済印のあることを示して承認済であることを確認した。更に、原告が訴外竹内から作成してもらつた「支払代金譲渡願書」と題する書面に承認印を求めると、訴外中村は別室において右書面に「補給統制処分任物品管理官事務官 中村栄作」のゴム印名下に「中村」の認印を押し、これに補給統制処の決済印を捺印して、承認した旨告げた。

(3) 同日、原告は右確認後訴外竹内に対し金五、五〇〇万円を融資することにし、金四、〇二七万五、〇〇〇円を交付し、翌二一日、金八八五万円を送付し(五、五〇〇万円との差額は天引利息)、弁済期を同年六月二一日と定めた。

(4) 同年五月一〇日、原告は訴外竹内より、補給統制処に対する冷凍いか二万ケースの代金四、三八〇万円、豚肉セツト四〇トンの代金四、八八〇万円を債権譲渡の方法により担保に供するので六、〇〇〇万円を融資してほしい旨の申出を受け、同月一九日、補給統制処において、前同様、訴外中村の確認を受けたうえ(「一等空尉星秀雄、事務官中村栄作」両名の債権譲渡承認印を受けた)、同日、訴外竹内に対し金五、三六〇万円を交付し(六、〇〇〇万円との差額は天引利息)、弁済期を同年七月二〇日と定めた。

(5) しかし、その後、訴外竹内は補給統制処へ前記各商品を納入しておらず、売掛債権は存在しないため債権譲渡は無効でありかつ訴外竹内には全く資力がなく、原告は訴外中村、同竹内の共謀によつて一億〇、二七二万円を騙取されたことが判明し、同額の損害を被つた。

2  被告(航空自衛隊)は訴外中村を防衛庁事務官として航空自衛隊補給統制処第三部第三整備課に所属させて使用し、補給統制処第三部の業務計画の分析、検討および機密保全等の職務を担当させていたものであるところ、訴外中村は、前記のとおり、補給統制処の庁舎において、その決済印を使用して債権譲渡を承認する書面を作成することにより、被告の職務行為の外形を借り、原告を欺罔したものであつて、被告の事業の執行に付き前記損害を負わせたものであるから、被告は原告に対し、民法第七一五条にもとづき右損害を賠償する責任がある。

(二)  仮に(一)の主張が認められないとしても、前記中村の不法行為の発生する以前に、訴外中村および被告との間において次の事情が存し、被告は訴外中村の監督につき過失があつたものであるから、原告に対し、前記損害を賠償する責任がある。

1 訴外中村は、いずれも訴外竹内と共謀のうえ、昭和五〇年一二月から昭和五一年三月三〇日にかけて、補給統制処で面談し、偽造文書を示すなどして、次の詐欺事件を惹起していた。

(1) 昭和五〇年一二月から同五一年一月までの間、訴外有限会社大圭青木水産から、魚卵類四、〇九九万六、五〇〇円相当を騙取。

(2) 昭和五一年一月下旬、金融業者訴外寺村から、金七四〇万円を騙取。

(3) 同月下旬、金融業者訴外丸善総業から、金一、四〇〇万円を騙取。

(4) 同年二月一九日、金融業者訴外昭和信用株式会社から金八七〇万円、同年三月二二日、同会社から金一、五〇六万円及び一、七五二万円を騙取。

(5) 同月三日、金融業者訴外株式会社丸幸から約一、五〇〇万円を、同月三〇日、一、三〇〇万円を騙取。

2 同年三月頃、前記1(2)の事件につき、補給統制処へ訴外寺村より、訴外中村が作成した文書が偽造である旨申告があつたため、補給統制処は直ちに調査を開始し、同月一九日、訴外中村を注意処分にした。

3 また、同月、訴外やなせ某は、訴外中村が偽造した文書について、補給統制処業務課長に問い合せをし、訴外野村徳三は偽造文書を第一調達課長に示して、真正に成立した文書か否かの確認を求めた。

4 被告は、膨大な人的物的組織を運営しているが、その組織体を構成する者が誠実に職務を遂行するように監督する義務を有するところ、訴外中村が被告の組織である補給統制処を構成する一員として、その名において不正行為をなすおそれのある者であることを十分認識していたのに、免職、停職、転職等の措置を講じなかつた監督上の過失があり右過失、ないしは右過失と訴外中村の故意との共同によつて、原告は前記損害を被つたものであるから、被告は原告に対し、民法第七〇九条、第七一九条、第七一五条にもとづき、前記損害を賠償する責任がある。

(三)  よつて、原告は被告に対し、右損害金合計一億〇、二七二万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年九月一〇日より支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因(一)1(1)ないし(4)の事実は不知、同(一)1(5)のうち訴外竹内が補給統制処に商品を納入しておらず売掛債権を有していないことは認め、その余の事実は不知。

2  同(一)2のうち、被告が訴外中村を当時防衛庁事務官として、航空自衛隊補給統制処第三部第三整備課計画班に所属させて使用していた事実は認め、その余は争う。

3  同(二)1のうち(1)(2)(4)(5)の事実は認め(但し、(2)(5)のうち金額の点、(4)のうち金額および昭和五一年三月二二日、同会社から金一、七五二円を騙取したことは不知。)、その余の事実は不知。同(二)2の事実は申告者を除き認める。問い合わせをしたのは訴外大坪義光である。同(二)3のうちやなせ某が問い合せをしたことは否認し、その余の事実は認める。同(二)4は争う。

三  被告の主張

(一)  訴外中村の本件不法行為は、その職務とは全く関係がなく、外形上も職務範囲内にあるとは認められないうえ、原告は訴外中村の行為が職務範囲外であることを知り得たはずであつて、この点につき原告には重大な過失があつたというべきであるから、被告の事業の執行につきなされたものとはいえない。

1 補給統制処(東京都新宿区市ヶ谷本村町一番地に所在)の業務および訴外中村の職務は次のとおりである。

(1) 航空自衛隊には補給統制処が置かれており(自衛隊法二四条一項二号、三号)、補給処は、航空自衛隊の需品(被服、事務用品などを指し、糧食を含まない)、火器、弾薬、車両、航空機、施設器材、通信器材、衛生器材等の調達、保管、補給または整備およびこれらに関する調査研究を行ない(同法二六条)、補給統制処は右補給処の行なう業務に関する統制業務を行なう(同法二六条の二)。

同補給統制処第三部第三整備課は、通信器材、電波器材、気象器材、写真器材、計測器、訓練器等およびこれらの部品にかかる前記統制業務を所掌しており(昭和四三年航空自衛隊訓令第三号「航空自衛隊補給統制処組織規則」)、同課計画班は同部の所掌業務について、(イ)部の計画作成、(ロ)事務の統括、調整、(ハ)所掌予算の総括、調整および現況把握、(ニ)支援状況の総合把握、分析検討および処理促進、(ホ)SOP(業務準則)の作成維持、(ヘ)以上のほか同部内の他の課の所掌に属しない事項に関することをつかさどる(昭和四三年補給統制処達第三四号「補給統制処の内部組織に関する達」)。

(2) 中村の担当業務は、次のとおりであつた。(イ)同部内各課が作成した業務計画の進捗状況等の分析検討書を取りまとめ、部長承認を得るための諸準備に関する業務、(ロ)会計検査院実地検査受検時に説明実施者が作成した質疑応答書の整理業務、(ハ)補給統制処の作成する機関誌「装備」の編集委員としての業務、(ニ)同部一般秘密保全責任者としての業務、(ホ)技術指令書案の接受、記録および送達の業務、(ヘ)装備品の維持管理を能率化するための標準化についての会議日時等を部内担当者へ連絡する業務。

2 右のとおり、訴外中村の所属していた補給統制処では日本国とアメリカ合衆国との間の相互防衛援助協定第一条に基き米軍から有償譲渡により引渡される装備品の調達(FMS調達)および市ヶ谷基地に所在する航空自衛隊において使用する一般事務用品等の調達以外の調達業務は行つておらず、本件のような海産物等の糧食品の調達は一切取り扱つておらず、航空自衛隊の各基地で費消する糧食品の調達は、原則として各基地の当該機関によつて行われ、市ヶ谷基地の航空自衛隊が費消する糧食品の調達及び隊員の食事の調理、配食等の業務は陸上自衛隊との協定により市ヶ谷駐とん地の陸上自衛隊が実施し、また訴外中村は調達に関する会計処理をする権限はないのみならず、航空自衛隊においては、業者との契約において債権譲渡や債権質の設定を禁じていたものである。

3 また、原告は、訴外竹内に融資を行ない、債権譲渡を受けるに際し、補給統制処の一事務官にすぎない訴外中村の言動を盲信し、高額な取引にもかかわらず訴外竹内に売買契約書の提示を求めるとか、訴外中村の上司に連絡してみる等すれば、容易に真相を知り得た筈であるのにそのような確認手段を講じていないうえ、訴外中村が作成した文書はいずれも誰でも入手できるゴム印や三文判を利用したもので、国の機関が正規の手続により作成した文書と認めるにはあまりに粗末で、金融業者が信頼するに足るほどの体裁を備えていない。したがつて、原告は、中村の行為が、職務権限外のものであることを十分知り得た筈であつて、この点原告には重大な過失がある。

(二)  訴外中村の本件不法行為は職務行為とは全く関係のない行為であり、被告が昭和五一年三月訴外中村の不正行為が発覚した後にとつた措置は適切なものであつて、被告には監督上の過失責任は存しない。被告が、訴外中村に対してとつた措置は次のとおりである。

1 昭和五一年三月一〇日、印刷業者大坪義光から補給統制処の副処長に寺村の件に関して問い合わせがあつたため、訓戒等に関する訓令にもとづいて調査官が任命され、同日および同月一二日訴外中村から事情聴取が行なわれ、左の不正行為が判明した。

(イ) 訴外中村が同竹内商店を同全農水産に紹介し、竹内が全農水産から砂糖を購入したが、訴外竹内が代金支払のために振出した小切手が不渡りとなつた。訴外中村はマージンとして訴外竹内から金二〇万円を受領した。

(ロ) 訴外中村が、訴外竹内と共謀のうえ、補給統制処の定型用紙を改ざんして、訴外竹内が鮭一〇トンを代金八三〇万円で納入したように見せかけた書類を作成し、訴外竹内が他から鮭を購入する際、自衛隊への納入業者で信用できる者であるかのように装うことに利用させた。

(ハ) 右(ロ)と同様の方法で訴外竹内がタラ子等を代金一、五〇〇万円で納入したように見せかけた書類を作成し、竹内が他から融資を受けるのに利用させた。

訴外中村は、右(ロ)、(ハ)につき訴外竹内から二ないし三万円の謝礼を何回かにわたつて受けた。

2 右事実の報告を受けた副処長らは、これに検討を加えその報告を受けた処長は、訴外中村を口頭注意処分にすることに決定し、同月一九日副処長がこれを訴外中村に宣告し、同人から今後は二度と不正行為をしない旨の誓約書が提出され、文書作成業務を含む秘密保全業務については第三整備課計画班長荒井晃に代行させ、訴外中村には右業務に従事させないこととした。

3 前記処分の後、訴外中村の不正行為に関しては、新たな問い合わせや苦情もなく問題がなくなつたかのように思われていたところ、同年五月中旬に至つて訴外中村の作成した資料についての問い合わせがあり、同月一四日から二二日までの間東京警務分遣隊が内偵を行ない、同月二四日補給統制処第三部長から規律違反の申立がなされ、翌二五日調査官が伝命されると同時に警務隊に調査依頼がなされた。

4 同月二八日警務隊から調査結果の回答が提出され、被疑事実を訴外中村に伝えたところ、同人はすべて認め、審理(自衛隊法施行規則七一条)を辞退したため、六月一日補給統制処懲戒補佐官会議において処分に関する検討がなされ、同月四日、空幕長が自衛隊法第四六条第一ないし三号により懲戒免職にする旨決定し、翌日宣告された。

第三証拠 <略>

理由

一  原告主張の訴外中村にかゝる本件不法行為について判断するに、<証拠略>を総合すれば、請求原因(一)1(1)ないし(5)の事実(但し、訴外竹内が補給統制処に商品を納入していないことは、当事者間に争いがない。)が認められ、被告(航空自衛隊補給統制処)の業務および訴外中村の職務権限については、<証拠略>によれば、被告の主張(一)1(1)(2)、2の各事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

また、<証拠略>によれば、原告は訴外竹内、同中村と取引をなすにあたり、訴外竹内が真実冷凍いか等の商品を航空自衛隊に納入したのかについて、総額一億円余に及ぶ取引であるのに、訴外竹内、同中村の言をそのまま盲信し、契約書の提示を求める等の金融業者として当然なすべき確認の手段を講じていないこと、訴外中村が補給統制処の糧食調達用の公文書と称して作成交付した文書は、コピーしたものであるうえに、押捺印は、「中村」の三文判と補給統制処内部の文書処理上の「決済」と刻したスタンプ印のみであり、官公庁の発する公文書に通常用いられている職印は全く押捺されておらず、記載内容も商品名、数量等が簡単に記入されているに過ぎないものであること、債権譲渡承認の文書は訴外竹内が便箋様の用紙を用いて作成した承認願に「上記債権譲渡を承認する」と訴外中村が手書きし、「補給統制処補給分任物品管理官中村栄作」あるいは「補給統制処事務官中村栄作」「一等空尉 星秀雄」のゴム印名下にそれぞれ「中村」「星」の三文印を押捺し、前示決済用のスタンプ印を押したものであること、原告が、訴外中村の上司に面会を求めても、訴外中村、同竹内が言を左右にしたこともあつて、原告は結局一度も面会ないしは電話等による確認連絡をしなかつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

二  以上の判示事実によれば、訴外中村は訴外竹内と共謀のうえ、防衛庁事務官という地位を利用して、航空自衛隊の糧食品調達に関する債権譲渡を担保にしての金融名下に、原告から主張の金員を騙取し同額の損害を負わせたものであるが、糧食品の調達、債権譲渡の承認の事務は訴外中村の職務範囲には制度上はもとより事実上も全く関係なく、(そもそも、糧食品の調達は補給統制処の業務外であり、債権譲渡は禁じられていた。)更にその取引態様についてみるも、防衛庁事務官が航空自衛隊庁舎内で行なつたものとはいえ、訴外中村が原告に交付した文書は、高額の商品を購入し、その債権譲渡を承認するというきわめて慎重を要する部外取引に関する公文書というにはあまりに粗雑かつ異例な体裁であつて、官庁の取引行為としては通常考えられない形態で、多々不審な点が存し、通常人の注意をもつてすれば容易に訴外中村の不正行為を看破できたはずであるから、原告には重大な過失があり、結局訴外中村の本件不法行為は外形上も同人の職務の範囲内に属するものであると認めることはできず、原告の民法第七一五条にもとづく損害賠償の請求は理由がない。

三  次に原告の民法第七〇九条、第七一九条(重ねて民法第七一五条)にもとづく請求について判断する。

(一)  請求原因(二)1(1)、(2)、(4)、(5)の事実(但し、(2)(5)のうち金額の点、(4)のうち昭和五一年三月二二日訴外昭和信用株式会社から金一、七五二万円を騙取したとの点は、後掲証拠によつて認める。)は、当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、同(二)1(3)の事実が認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

また、昭和五一年三月ころ、請求原因(一)1(2)の事件につき、部外者より訴外中村が作成した文書が偽造である旨申告があつたため、補給統制処は直ちに調査を開始し、同月一九日、訴外中村を注意処分に処したことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、昭和五一年三月に最初に訴外中村の不正行為が発覚した際、被告としては訴外中村に対し、免職、停職または転職等の措置をとるべきであつた旨主張するが、前示認定事実によれば、訴外中村の一連の不正行為および本件不法行為は、被告の監督権が及ぶ被告の業務および訴外中村の職務の範囲外のものであるし、被告は、外部から通報をうけた後直ちに調査して訴外中村を注意処分に処しており、右措置は、前記時点において被告が認識しえた訴外中村の不正行為に対するものとして、適切を欠くものとは認められず、結局、被告(並びに被告の被用者としての訴外中村の監督責任者)に監督上の過失があつたとは認められないから、原告の右主張も理由がない。

四  そうすると、原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 仲江利政 前川豪志 小池裕)

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